-このつまらない日常を忘れさせて全力で楽しませたい-演出家・松本祐子インタビュー

こんにちは!
研修科2年山田奈津子です。
いつも研修科を応援いただきありがとうございます。
研修科では、稽古場での換気、消毒、検温など感染対策を徹底して活動しております。

今回は、研修科第二回発表会『Scenes from the Big Picture』の演出を務める松本祐子さんのインタビューをお届けします。
作品の見どころから、今芝居をすることへの思い、研修科生へのメッセージなど、沢山の貴重なお話を伺いました。
ぜひ最後までご覧ください!

それではどうぞ!
(演出:松本祐子


1.オーウェン・マカファーティー『Scenes from the Big Picture』という作品について


―まず、今回『Scenes from the Big Picture』(以下、『Scenes〜』)を選んだ理由を教えてください。

松本:まずは、出演希望者の人数にちゃんと合うものを選ぼうというのが一番最初の条件でした。前回の発表会では一年生の男性が出られなかったことを聞いていたし。
あとは鵜澤さんと(小林)勝也さんが多分日本人の劇作家のものをおやりになるので、私は外国の作品をやろうっていうのがまずあって。
いくつか候補はあったんですけど、全員出られそうなのがこの『Scenes〜』だったんです。これは何度か読んだり観たりしていて面白い戯曲だなって思っていたんですけど、自分では演出したことがなくて。でも、稽古中ずっとこの作品を愛して好奇心を持ち続けることができそうだなって思えたので、そしてとてつもなく人間臭い戯曲でそれもいいなと思えたので、この作品を選びました。
……なのに男性の数が足りなくなる!

一同(笑)

松本:もうびっくりだよ!こんなんだったら男の子少ない作品にすればよかったんじゃないの?!みたいな話です。

(インタビュー中の様子)

-ありがとうございます。次に、この作品の魅力はどんなところだと思いますか?

松本:この物語って、こっちでこんなことが起きてる時に同時進行であっちではこんなことが起きてっていう、パズルみたいに組み立てあがっていくじゃないですか。「この点描とこの点描はどう繋がっていくの?」って思ったのがだんだん構築されて、徐々に糸が編みあがっていってちゃんと一枚のセーターができてくみたいな、そういう喜びがあるのが魅力だと思います。
そして、それぞれのキャラクターの言葉や居方、価値観に共感できることがいっぱいあって、それに加えてユーモアのセンスもある。それがすごく素敵だなと思います。

-作品の舞台となっているのは北アイルランドのベルファストという街ですが、やはり日本とはだいぶ雰囲気が違う感じがします。

松本:この作品の時代設定は2003年なんですけど、その10年ぐらい前まではまだまだ国内で紛争があったんです。劇中のデイブとテレサの息子みたいに殺される人がいたり、隣人同士が争っていた場所です。
劇中で実際にその紛争の爪痕みたいなのを感じる会話をしてるのは、一部の人たちだけですけど。でもやっぱり絶対にそれぞれのキャラクターに影響を及ぼしてるんだろうなっていうことが、じわっと染みてくるように書かれているところもすごく好きだなって思っています。
言ってみれば、全く幸せな町じゃないんです。登場人物それぞれが置かれている状況もどちらかというと激しく不幸寄りっていうか。作品世界で描かれている1日は、そもそも幸せじゃなかった家族が、より一層厳しい不幸に舵を切ったスペシャルな一日なんです。
だけどそんなひっどい世界の中に希望があるんです。例えばフランクが言う「かつて愛しい人が言った言葉と、いつか出会うかもしれない」とか、あとは若いバップとマギーがせめてもの救いのように「泳ぎに行こう」って言うとか。
そういう些細な希望みたいなものが最後に描かれているのも素敵だなって思うんですよね。

-なるほど。

松本:矢野顕子さんの歌でそんなのがあるんですけど……。つまり、同時代の同じ時間を生きていて、それぞれの人生があって、個々生きてるだけなんだけど、どこかでつながってるかもしれないっていうのが、なんかおもしろいなぁって思うんですよね。
だから、選んでよかったぞって思ってるんですけど、選んで大変とも思ってます(笑)

-大変だと思うのはどんなところですか?

松本:役者さんもずっと時間を積み上げていくわけじゃなくて、出番があって、しばらく時間が空いて、また出て……でもその間気持ちはつながってるでしょ?ずっと出ずっぱりで会話をやり倒してるような芝居だと、徐々に持ち上がっていくものってあるじゃないですか。でも、間が抜け落ちて、また別の熱量の高いところからシーンがスタートして、それぞれの役がまた急に精神的にマックスな状態で始めなきゃいけないじゃないですか。その空いていた時間、舞台上で紡がれなかった時間を自分でちゃんと紡いでこないといけないじゃないですか。それを俳優さんがちゃんと持ってこなきゃいけないのってすごく大変だろうなって思うし、皆さんがそれを出来るように私が育てなければいけないので、それが大変だなって思ってます。

(稽古中の様子)

-ありがとうございます。 
では次の質問ですが、登場人物それぞれに魅力があると思うんですけど、松本さんご自身がやってみたい役はありますか?

松本:シャロンはやれそうな気がする。

一同(笑)

松本:なんかオーウェン・マカファーティー って、ダメ人間ばっかり書いていますよね(笑)
いい意味でダメな部分をちゃんと愛おしく書いてくれてるような気がするんですよ。さっぱりした人はいないし、所謂すごく賢くて世渡り上手、みたいな人もいないし、なんか、おいおい困ったちゃんだな〜!みたいな人ばっかり出てくるなって。でもそこに対する目線にすごく愛情がある。そういうダメな部分、人間の弱い部分、脆い部分に対して、切って捨てるんじゃなくて、 すごく優しい目で見てあげてる人なんだろうなって思うんです。
で、うーん、コニーとかシャロンって、なんかダメ度数高い女じゃないですか。どちらも。でもすごく強靭な部分もあって、コニーは結局大金を持って逃げることができるわけだし。

-ちゃっかりしてますよね(笑)

松本:あれ笑えるよね。
シャロンも、単なる飲んだくれのダメ女部分もあるけど、すごく正論吐くじゃないですか。

-そうですね!

松本:「男なんてみんなろくでなしなんだから、そんなもんあなたは頼っちゃだめなのよ」とか、自分だって頼ってるくせに。 あと、なんのかんの言って気を遣わないところと、でも最終的に「ここは気を遣った方が良さそうだな」ってことに対して凄く賢い人だなって私は思っているので、魅力的だなって思う。 シャロンはやってみたいなって思うかな。 年齢的にもいけそうだし、流石にマギーちゃんとかはちょっともう無理だから……。

一同(笑)

松本:でもどの役も共感できますよね。
例えばマギーみたいな子って渋谷とかにも居そうじゃないですか。たぶん自分の周りの環境も幸せじゃないし、居場所ないからとりあえずこいつら面白そうと思ってクーパーやスウィズとくっついてはみたけど、「この先私の未来どうなるんだろう、こんな街にいて将来どうなるんだろう」みたいに思ってる。
結局「ここではないどこかに行きたい」みたいな願望って若い頃には絶対あったと思うんですよ。年取ってくるとある程度諦めが持てるようになるんだけど。「このままでいいはずがない」っていうある種の焦燥感を剥き出しの形で持っているから、そういう意味ではマギーにも共感できるし。
あとはハリーとポールって実はすごくいい息子じゃないかって思うんですよね。「お前は親父を罪人にすんのかぁ!」って全力で喧嘩するのもすごく素敵で。
どの役にも共感できるところがあるし、いろんなところで「あぁ、わかるわかる」って思うところがいっぱいある戯曲ですね、これは。 
(動きをやって見せてくださる松本さん)


2.コロナ禍で芝居をやるということ


-次の質問ですが、コロナ禍を経て松本さんの中で演出や題材選びの点で何か変化したことはありますか。

松本:実は、変えてやるもんかみたいに意地になってる部分もあるのかも知れないですね。例えばディスタンスが取れそうな戯曲を選ぶかっていうとそうではない。
さすがに沢山の人が一斉に歌ったり踊ったりしてすごい量の飛沫が飛ぶような作品はやらないかもしれないですけど……。実はあんまり気にしたくないって思っちゃってるかもしれない。
だってこれ(『Scenes〜』)も、逆に言えばディスタンスとらない劇じゃないですか。キスするってト書きが書いてあったり、体を触ったり、比較的距離感近めの行動を要求している戯曲ですよね。

-確かにそうですね。

松本:例えば自分がわざわざお金と時間を使って芝居なり映画なりを観に行ったときに、めちゃくちゃコロナの影響を受けたディスタンスばりばりのものを観たら、かえってすごく心が痛んでしまいそうじゃないですか。
せっかく観に行くんだったら、ひと時このつまらない日常を忘れさせてくれたりとか、逆にこのつまらない日常だけど明日も頑張って生きていこうみたいな、希望とか勇気とか、ちょっと背中を押してくれるとか……何かそういうものを見たいと思うんです。私は今。コロナをむしろ否定したい。だから多分必要以上に気にしないようにしているのだと思います。
もちろん感染対策として、プロデューサーに消え物を使っていいか確認したり、コップの使い回しは絶対させないようにするとか、そういう気遣いみたいなものはあるけれども……。
戯曲そのものがコロナ禍に書かれて、「このコロナ禍をどうやって生きていくか」みたいな題材のものではないのなら、なるべくコロナを感じさせたくないので、あまり変えたくないという風には思ってるんです。

-なるほど……。

松本:やっぱり変えたくないと思ってても絶対何かが変わってしまってる気がするので、だからこそなるべくコロナを忘れさせたいっていう気持ちはあるんですよね。
音楽ライブにも行けない、映画も見れない、演劇も見れない、唯一見れるのが例えばネットフリックスとか映像系、配信系のものだけっていう娯楽だと、人ってウズウズしちゃう気がして。それらだけで心の欲求を充足させられるかというと、そうではないように思います。人によって芝居とかライブとかクラブとか、求めるものは違うと思うんですけど、ある種のライブエンターテインメントってやっぱり心の潤いには必要だろうと思うんです。そういう意味では絶やしてはいけないなと。
そういう生の喜びを得たいと思って来てくれたお客さんを、観てる間だけはめちゃくちゃ楽しませたいです。楽しませるっていうのは、ザッツエンターテインメント!みたいな作品に限らず、それこそ『Scenes〜』みたいにシリアスな部分とある種コミカルな部分がない混ぜになったような作品でも、楽しませたい、その劇世界に没入させたい、っていう望みは前よりも強くなったかもしれないと思ってます。

3.俳優を目指す人たちに向けて


-松本さんが俳優に対して特に求めるものは何ですか?
また、プロの方に求めるもの、研修科生に求めるもので違いはありますか。

松本:基本一緒じゃないですかね。せっかくご自分がその役を演じるのだからその役をとことん愛して楽しんでいただきたいですし、新たな挑戦をする勇気を持っていただきたいです。あと、 相手役から沢山何かをもらえる、もしくは与えられる、相手想いの人でいてほしい!(笑) 
相手想いって気を遣えってことではなくて、逆に言えば十全にバン!って相手に何かを渡して、で、「いぇい!!」ってもらえるだけの自由度があってほしい。それもある意味自分を捨てる勇気ってことだと思うんですけど。 繊細さを伴った柔らかな勇気、みたいなものを持ち合わせている方が、俳優さんとして向いているのではなかろうかなと思っていて。それは芸歴の長い方だろうが研修科生だろうが、変わらず思っています。
あとは、自分の役を愛してくださいっていうのは、理解するための努力を惜しまないでほしいということ。自分の役がなんでこんなことを言っていて、なんでこんなことをしてるのかっていうことを、本当に「あ、そうだよな」って腑に落ちた状態に自分を持っていく労力を厭わずやってくださいって思います。
そこさえやっちゃえば、その2点を深くクリアすれば芝居はできるんじゃない?ぐらいに思ってるんです。ただその2点をクリアするのが実は非常に難しいですけど。

-やっぱり俳優個人の人間性も関わってくるようなことですよね。

松本:そうですかね。結局うまくいくためには相手の方を変えなきゃっていうか、相手の方にも影響を及ぼさないと、新しい何かは生まれないじゃないですか。で、それを自信をもってやるためには、自分の行動とか言霊に対して確固たる自信が無いと、「いぇい!!」って渡せないじゃないですか。だから自信をもって「いぇい!!」って渡すためには、やっぱり自分の言ってる台詞や自分のやってる行動とかに理解がないといけない。
で、「どうやら今ちょっとうまくいってねぇべ」って稽古中に思うことあるじゃないですか。そしたら「まあ間違っちゃってもいいからチャレンジしてみる?」みたいなチャレンジ精神は必要ですし、チャレンジした結果別のものが相手からいただけたらラッキー、ぐらいに思う心の余裕もたぶん必要でしょうし。それを楽しむ遊び心みたいなものや、勇気、繊細さ、好奇心、戯曲や役の理解、みたいなことが重なるといい感じになるんじゃないのって思っています。
演劇って結構めんどくさいじゃないですか。戯曲解釈するのとかもめんどくさいと思うんすけど、そのめんどくさを楽しめる人がたぶん俳優さんに向いてるんじゃないですかね(笑)

-ありがとうございます。
では次に、59期生、60期生それぞれの印象を教えていただけますか。

松本:うーん。難しい……。みなさんほとんどが初めましての状態で稽古をしているので、まだ「こういう印象です」って言えるほど皆さんのことが分かっていないです。
ただ、59期は全体でどうっていうものがあまり分からなくって、個々人の方がそれぞれすごく、良い意味でバラバラですよね。あんまり結束力が固いって感じじゃないんですよ。

-みんな我が道をいく感じですね……。

松本:で、60期はまだこれからだから……60期も、良くも悪くもやっぱみんなすごくバラバラで、それぞれがすごく個性的だなと、それくらいしかまだ思えていなくて。
60期はちょうどこのコロナの時期に重なっちゃったっていうのが、ともかく申し訳ないというか。最初の二ヶ月が無くなって、やっぱりすごく不安だっただろうなって思うし。
でもその分、クラスの人数半分ずつで授業受けてるから、上の期に比べて多分きめ細やかな指導にはなってたはずなんです。だって贅沢だよね。16人ずつだと順番回ってくるの早いし、回数も多くできるし。だからそういう意味では良かったなっていう部分もあるんですけど。

-はい。その点はとてもありがたかったです。

松本:でも、研究生時代の殆どをマスクしながら過ごすっていうのが、やっぱりすごく大変だろうなあって思います。私は研究所時代の思い出って芝居の稽古だけじゃない部分がすごくあるんですよ。終わった後みんなで飲み会に行ったりとか。
今はどうしてもこれ(マスク=コロナ)がある事で、稽古以外の時間で遊びに行ったりとか、旅行に行こうぜとか、飲み会しようぜとか出来ないじゃないですか。それがすごく、勿体ないなあって思うんですよね。
皆さんが、この悔しさをバネにいつか!って思っていただきたいんです。

(アトリエでの稽古の様子)


-ありがとうございます。
では最後に、研修科生にメッセージがあればお願いします。

松本:多分、稽古の中で皆さんには、殆ど「相手のために話してください」しか言ってない気がしていて。
もちろん元々の解釈のことも言ってますけど、結局「最後の言葉が相手にかかってない」とか「相手をどうしたくてその言葉を言うのか」みたいなことが、足りてないんですよと。
ただでさえ日本社会ってあんまりずけずけものを言ってはいけない空気が漂ってる。そこに今の世相も相まって、余計に相手から一歩引いてしまうようになるんじゃないかと。そのことを本当に危惧しています。
ですから、マスクはありますけど、どうぞ人にずけずけと立ち入っていく人間に育っていただきたいと思っているんです。そうしないと、大人しいだけで終わってしまうので。研修科二年間あっという間ですから。
自分がやりたいことっていうのがどんどん増えていく時期でもあるので、これがやりたかったけど次はこれがやりたい、って変わっていくのは全然いいんです。それが曖昧だと、「なんでこんなところで芝居してるんだろう」って思うだろうから。逆に明確に持っていたけど「あ、違った、これじゃなかった」って思ってもいいので、やりたいこととか、なりたい自分みたいなこととかは、ちゃんとイメージしといた方が良いかなって。ただ、あんまり遠くを見ると息切れするので、近い数年のことを思った方が良いと思います。
ちょっと発破をかけるようですけど、同世代のプロの俳優さんもいっぱい居るわけじゃないすか。で、やっぱりその第一線で活躍している人っていうのは、それなりの努力と準備と苦労をしている人が圧倒的に多いように思うんです。だから、それに負けないというか、それと戦って、役者の仕事を取っていくっていうことも、研修科になったら考えていかないといけないんじゃないかなって思ってます。
 
-ありがとうございました!!



聞き手、テープ起こし:研修科メディア係
記事編成:山田奈津子

※このインタビューは2021年6月25日に行いました。本記事はインタビューを元に再構成したものです。

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