➀野田秀樹・作『キル』について
―――『キル』を読んだ感想についてお聞かせください。
山下:僕はファンタジーと思いました。蜃気楼とか陽炎とか出てくるんですけど、正直あんまりイメージがつかないじゃないですか。ネットとか映像とかで見ましたけど、実際日本にいてそんなに見る事がない。でも(作中に)その現象が頻繁に出てくるんで、リアルな世界ではないなって。ファンタジーな世界観だけれど、登場人物は人間らしいなって僕は思って。野田さんの作品ってどれもそういう変わった世界観っていうか、言語化しにくいですけど、それがすごいなと思いました。
稲葉:『キル』読むまで野田さんの作品は観た事も読んだ事もなかったんですよ。それで初めて読んだ時はなんかシェイクスピアみたいだなって思って、言葉の遊び方とかが。だからテムジンの「アサ」のところとか初めて読んだ時は、何か湧き上がるというか、凄い感動した。
シェイクスピアは『十二夜』(本科(60期生)夜間部卒業発表会)や『お気に召すまま』(本科(61期生)夜間部卒業発表会)を観ていたから、文学座の研修科中に言葉遊びの作品をやってみたいと思っていた。だから今回似たような(言葉遊びがある)『キル』で、結髪役としてロマンチックな言葉がしゃべれるから嬉しいなって思ってます。
田尻:私は元々野田さんめっちゃ好きで、『キル』も以前読んでたんだけど、野田さんの作品って絵巻物とオーケストラのイメージがあるなぁみたいな。長い絵巻物のどこを見ても必ず一つの絵画になっているというか、無駄なところが一切ないなぁって印象があって。
だから(『キル』を)読んでいる時も、テムジンの長台詞は誰かがテムジンの言っている事に感化されてひとつの場面を作っているんだろうな、とか単純に読み物だけじゃなくて絵本みたいな。この文章は絵になったらどうだろうなとか、文字を読んでるんだけど、頭の中で絵が想像出来てて。でもそれは私の中の想像でしかないから、稽古していく上で演出とか、みんながどう動きたいかでまた変わっていくのが楽しみだなぁって思いながら読んでました。
(田尻祥子)
―――『キル』やるってなった時「やったー!」っていちばん言ってたもんね。
田尻:うん、めちゃくちゃ。勝也さん演出で野田作品やってくださるってなって、「最高だぜ!」っていう気持ちで。めっちゃ楽しい今。夢叶ったり。
だって、野田さんの作品を自分が主たる役でできるのは研修科ならではだなっていう。贅沢だからこそ、今自分ができる最大限をやれたらね。今しかできないからね、大人になっちゃうとやっぱり難しいからね。
―――勝也さんどうですか?お話聞いてみて。
小林:うん、もうその通りだと思います。とっかかりはね、それで十分じゃないですか。実は『キル』やるか、野田版『夏の夜の夢』やるか迷ったんですけどね。
野田さんの作品は、やっててもみんなと一緒に楽しめるなと思うのが(『キル』を選んだ)最大の理由ですね。
『キル』も野田版『夏の夜の夢』も僕やったんだけど、野田さんの作品は出ないとね、なかなか分からない(笑)。
だから僕は、一つの言い方をすれば、野田作品を野田さんより分かりやすくしてるっていうつもりなんだけどね。野田さんはどんどんイメージをバンバン(進めて)いくから観てる方はあんまりストーリーが追えないんだよね。でも面白い。本読んで「え、こんなストーリーだったの?」っていうね。僕がやったバージョンは、カルダンとガイドが同じ人で、やってる方は分かるけどね、観てる人は何がなんだか分からないと思う(笑)
田尻:何がなんだか分かんないけど視覚的に面白いから引き込まれて、でも言葉遊びとか場面転換が速いから置いていかれるんだけど、置いていかれまいとお客さんは前のめりになって観ちゃうっていうか。終わった後に「なんかすごいもん観たなあ。でもどんな話だったんだろう?」みたいな、私は毎回なるんよ(笑)。「あれ?」みたいな。だからついつい戯曲買っちゃって読むと「うわぁ、こういうことだったんだ!」っていう、二度美味しいみたいなとこも好きなんだよね。
山下:なんかすごいってなりますよね、観終わった後。
小林:短編シリーズ『赤鬼』とか『農業少女』なんてね、読んだってさっぱり分からない。
野田さんって昔から、今もやってると思うんだけど、1年前に自分の構想と、どういう風に作るかっていうので、1週間(作品を作るための)ワークショップがあるんです。『赤鬼』と野田版『罪と罰』、僕出たんだけども(ワークショップに)。で、書くわけよ。で、キャスティング発表は別に。『罪と罰』は僕出られたけども、『赤鬼』は出られなかった。元々そういう約束で行ってるんですよ。楽しいんだけどね、それだけで。1週間もやるから。
田尻:その時のワークショップの役者の動きを見て、作品のあらすじとかを…
小林:とか。たとえばね、『赤鬼』の場合は言葉も言語も文化も違う人同士が出会ったらどうなるんだろうっていうのがテーマ。
だから、赤鬼=外国人の漂流者が、突然日本の、例えば漁村とかに漂着したらどうするか。山に逃げた真っ赤な顔の変な、鼻の高いのを赤鬼と呼んだんじゃないかという仮説。何にも知識なくて、アフリカ大陸から黒人がさ、漂着してきたらどうするんだろうっていうワークショップなんですよ。
(グループに分かれて)向こうは、例えば韓国語でしか話しちゃいけない、こっちはロシア語でしか話しちゃいけない。だからみんなで集まって、とりあえず「どこの国から来たんですか?」っていう簡単なロシア語覚えて言うわけですよ。で向こうは、韓国語で調べてどうもこういう事言っているらしい。絶対当たらないけどね。
一同:(笑い)
小林:こういう事言ってるらしいからこうやって返事しようって、韓国語で。それこそもう何が何だかわからないという楽しいワークショップでした(笑)。
で、結局、交流できるきっかけは、歌なんじゃないかって説。村の娘がね、みんなが「赤鬼だ、赤鬼だ」って恐れている時に、試しに歌を歌ってみたんです、山に向かって。そしたら向こうが歌を歌って返してきた。そっから始まったんじゃないかって仮説。面白いでしょ?それで芝居作ってる、『赤鬼』を。
田尻:へ~、すご~い!
小林:結果的には、ロンドンから役者呼んで、(芝居を)作ったんですよ。だから(ロンドンから来た)彼は、英語しか喋らない。日本人は日本語。
あと野田版『罪と罰』。最初、一年前はドストエフスキーの『罪と罰』の色んな部分を抜粋して、なんとか話を作り上げるっていう。あれは、音楽は流したけど、舞台上で起こる音は全て役者達がやってたの。例えば戸を開ける時は算盤をシャッと滑らせたり、人を殴り殺す時はボーリングの球をドンッと置いて殴る音を作るとか。僕らも最初は隅田川の花火大会のシーンを音だけで表現するということをやっていて。ペットボトルに水を半分入れて水音を作って、この櫓をこぐ音を誰かがやって、花火は竹の棒をパーンッて落とすとパタパタパタッて音がするの。
一同:へえー!
田尻:それは役者の人達が、これはどうだろう、あれはどうだろうって持ち寄って…?
小林:空いている人間が全部やってた。十人前後でやってたと思う。で、その音を出している姿を(客席に)見せているわけ。映像が残っているから、見る機会があればね。今回見せようかとも思ったんだけど……スローモーションもあるし。まあそんなことですね。話してると一時間以上になっちゃう。
一同:(笑い)
(演出:小林勝也)
②役について
―――今回自分が演じる役について教えてください。
田尻:私最初、勝也さんに「私テムジンやりたいです」って言ったの。まだ稽古も何も始まってない時に「もしやらせてくれたらバキバキに鍛えるんでどうですか」って。勝也さんなら有り得そうじゃん。けどシルクに……
シルクは言ってしまえば売女っていうか…初めは結構拒むけど、結局色んな国のトップデザイナーと関係を持つじゃん。それでも読んだ印象として、汚い女には読めないなあと思って。それはなんでかっていうと、自分がやりたいこと、感じたことをそのまま、頭を通さずやっているという印象があって。言葉よりも先に体が動いちゃうっていう風に読めて。自分が動きたいように動けるから、シルクは自由でいいなあって思う。あんまり田尻祥子でやっちゃうとネタになって汚くなっちゃうから、シルクっていう名前を大前提として、どうやったら純粋無垢というか、絹のツルツルした高級な感じを残しつつ、お客さんにただ綺麗で終わらせないように出来るのかなあっていうのは稽古で色々試してみたいなあとは思います。
シルクはやっぱり楽しい。
―――見ててもすごい楽しそうにやってるなって。
田尻:まじで楽しいわ。私はかんちゃん(稲葉)と瑛司くんが主に喋る人なんだけど、二人が私の発した言葉を受け止めて、小手先の動きをせずに言葉で返してくれるから、変に私が何か動かなくても、見てる人にはどういう関係なのか分かるんじゃないかなと。信頼できるなと思いながら今回やらせていただいてます。
稲葉:結髪は、最初に読んだ時はあんまり、魅力がわからなくて。結髪の良さ。でも周りの同期とかが「結髪いいね」って。そんなにいいのか、みたいな。
楽しくなってきたのはアトリエ入ってからかな。すごい動いたりとか、ここの場所でできるウキウキみたいなので、楽しくなってったな。あとは読む度に自分の理解度も追いついてったのかなっていうのもあるんだけど。
ちょっと話が変わっちゃうかもしれないんだけど、自分がやる役っていうものに対して、去年『痕跡(あとあと)』(2021年度第3回研修科発表会)の稽古の時に勝也さんが研修科生に、「役を稽古場で勝ち取れ、獲得しろ」っていうふうに言ったのかな。あと「君たちに個性があるから、そのまま読めばいいんだよ」っていうふうに言ったことがあって。すごい感動して、そっか、俺らはそのまま読めばいいんだって思ったのがずっと残ってたのよ。
今回、『キル』で(中川)涼香ちゃんに、勝也さんが「個性あるからそのまま読んでいいけど、人形という役を膨らませなきゃ駄目だよ」みたいなことを言って。そのまま読んでも駄目だし、人形としては膨らませなきゃいけないっていうふうになって。それがすごい難しいけど、お芝居の面白いところなのかもなって最近思ってるかな。だから稲葉歓喜だけでも駄目だし、結髪の自分の中でどれぐらいその割合を割くかっていうの、まぁわからないけど、それがなんか面白いな、みたいな。
(稲葉歓喜)
田尻:なんか風船みたいだよね。
稲葉:風船?
田尻:結髪っていう風船があるじゃん。そこに稲葉歓喜っていう個性の息を吹き込んで、結髪のイメージをどんどん膨らませていく。でも中身は稲葉歓喜の個性だから結果的にこの結髪っていう役を膨らませてるのはかんちゃん(稲葉)なんだよーっていう。
田尻:楽しそうにやってるよね、今回。
稲葉:うん、ここ最近なんか(笑)
田尻:みんなから言われてる。楽しそうにやってるなぁって(笑)
稲葉:そうですね、なんかすごい楽しくやった方が上手くいってる気がしてきて。
田尻:野田さんの作品ってみんな楽しそうだなって。私は毎回舞台観たとき(思う)。
小林:稲葉くんはね、俺『痕跡(あとあと)』でしか付き合ってないけど、他のを観てると、なんかね、同じような役をやらされてて。
稲葉:そうなんです。いっつも怒ったおじさんやらされる。
一同:(笑い)
小林:だから、稲葉が苦労する役を、ま、誰でも輪郭はやれるんだけどさ、苦しむ役を今回与えようかなと思って。
稲葉:あー、やっぱりそうだったんだ。
小林:普通ほら、結髪ってチャラチャラしてるから、稲葉の体格からはちょっと想像できないだろうけど。例えば、道化的な部分がね。上手く世の中を生きてるのかもしれないけど。
稲葉:(笑い)
小林:あと、シルクに関してはね。君らにとっては随分昔の映画だけれども、ベルナルド・ベルトルッチの『シェルタリング・スカイ』っていう映画があってね。新婚旅行でアフリカに行くんですよ。 別に喧嘩している夫婦でもなく、とにかく新婚旅行ですから。ただある日突然花嫁さんがいなくなっちゃうんですよ。いくら探してもどこにもいなくて、数ヶ月経ったらアフリカの遊牧民族の奥さんになっちゃってるっていう。で、説明も何もないんだけどね、そういう不思議な映画だった。なんかシルクっていうか、そういう生き方。ツアーで来て、結婚して子供作って、またここに来て、堂々と生きているっていう、自由に生きてる。
田尻:確かに(笑)
小林:(山下に)どうだろう?君は(笑)。俺はあなたのこと何にも知らないから(笑)
山下:そうですね(笑)。正直テムジンがどういう人間かっていうのは、僕セリフの意味をどういうことなんだろうって確認してる段階なんでまだあれなんですけど、如何せん言ってることがすごい現実離れしていることも…
ずっと自分のアイデンティティを、父親から幼少期に言われた存在意義みたいなものを貫き通して。もしかしたらむなしい人生に見える人もいるかもしれないけれど、僕からしてみれば凄いかっこいいなっていう。「戦争」っていう意味では色々征服してるんで、色んな犠牲者も出してると思うんですけど。でもそうまでして自分の叶えたいものというか、自分のアイデンティティを確立させるためにわがままを貫き通そうとする、そのきったない姿勢は正直かっこいいなとも思いますし。
僕とか、みんなもそうだと思うんですけど、生まれてきたからには何かになりたい、その形として自分が世界でどう生きたか、自分の望む姿を世界に見せつけたいっていう。だから共感する部分はあるんで、まだまだこれから楽しめたらという次第です…(笑)
小林:うん、それは、納得しなければなかなか、言えないっていうのはね、正しいやり方。 みんなつい、「とりあえず、こういう風に言ってみよう。」って、そういうのを形から入るとかっていう。だから「どういう意味なんだろう?どういうことを言ってるんだろう?」って自分で納得しないと芝居できないよね。
山下:(納得しないと)言えない。確かに。
小林:僕だって「テムジンこうやって喋れば正解だよ」って別に言えないですからね。それは実に良い関わり方だね。僕は、瑛司くんを何も知らないのに、何となくどうかな?と思って選んだだけですからね、気楽にやってください。
一同:(笑い)
田尻:いいよね、瑛司のテムジンね。
稲葉:なんか、きったないよね(笑)
田尻:そう、きったない感じ(笑)
山下:きったなくしようとしてるわけではない(笑)
田尻:それが、なんかね(良い)。
小林:要するに、稽古場でいろいろやってみて、掴んでいくわけだからね。
山下:よく分からないんで。いろいろやらないと分からない。
田尻:よく分からない時の瑛司くん、舞台上で面白いんだよね。
稲葉:「はっ?はっ!えっ?はぁ!」(笑)
一同:(笑い)
山下:「俺は何を言ってるんだ!?」って。
田尻:それが出てるのがさ、めっちゃ面白いんだよ。
(山下瑛司)
小林:やっぱり個性というものが一番大事にしないといけないと思うしね。頑固に守るんじゃなくてね。なかなか難しいことでね、素直に喋るっていうことはね。
田尻:よく分からない台詞は、とりあえずおっきい声出していっぱい動こうって。私は、動いて喋ってみないと、この文章の文体が分からないんで。考えて分からない時は、動かないと分からないわ、って思っちゃうんですよ。
小林:僕もどっちかっていうと、最近そういう芝居をやってるんですよ。動けるだけ動いちゃう。演出家があきれるほど動く。
一同:(笑い)
山下:なるほど。そうか。それもすごい大事だなってなんか…
小林:あのね、演出家ってこう、立ち稽古して頭をまとめていこうっていう人間がすごく多いからね。「ものすごく今、勝也くん動いたんだけど、もう一回見せてくれませんか」って言うから、「試しにやっただけで…」
稲葉:意味はない、と(笑)
小林:自分の頭をまとめるために「もう一回」って言ってるじゃないですか。そういう演出家、すごい多かったの。回数をやるのは 悪いことじゃないんだけどさ。何をどうもう一回やったらいいのか、 知りたくなっちゃう。少なくとも「次は、座ったままで台詞だけやってみよう」とか。
演出家との戦いだと思ってます、役者って。どっちが主導権を取るか。
主役だからって、主導権を握るやつもいるけどね。
田尻:サスの下から動かないぞ!と(笑) 。
小林:まあ、悪いことじゃないんだ、それは。良い位置に立ちたいっていうのは役者の願望だから。
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