演出家・松本祐子インタビュー
「キャー!!」「あははっ!」稽古場に黄色い声が響きます。
輪の真ん中にいるのは松本祐子、今回公演『見よ、飛行機の高く飛べるを』の演出家です。
明治時代の女学校が舞台ということで、女性の出演シーンが多い今回。稽古開始前の新モリヤビルは女性のパワーで満ち満ちていました。
時に厳しく、時に優しく、研修科生の発するセリフの一つ一つにこだわりながら演出をつけていく松本。本インタビューでは女性演出家として生きてきて思うことや、学生時代のエピソードも含め、今回公演にまつわることについて聞きました。
1.心と体の体力をつけてほしい。今回の演目のねらいと見どころ。
染谷:今回この演目を選んだのはなぜですか?
松本:喋る時に心と体の体力を使わないとセリフを言えない戯曲をみんなにやらせたいな、っていうのをまず思っていたんですね。
実は最初は別の作品を考えていたんですけど、今回1年生の男子が3人出演できないっていうのがあらかじめ決まってたので、男性が圧倒的に少ない座組みになるなと思ったんですよ。
だから男性のほうが多かった候補は諦めて、女の子がメインで、ってなるとやはりこれかな、と思って『見よ、飛行機の高く飛べるを』を選びました。
染谷:心と体の体力を使うというのはどういうことですか。
松本:一つ一つセリフを吐くのに手間と覚悟が必要になるってことかな。
今年一本めの鈴江さんの作品(編集部注:鈴江俊郎作『これは白い山でなく』)も体力の必要な作品だったとは思うんですけどね。鈴江さんは人間の存在の意味にこだわろうとする人だから、役者はそこに存在してしっかり言葉を吐く必要がある。
ただ、あの作品は一つ一つの言葉のやりとりがすごく日常的なレベルのものだったので、油断すると発語しやすいと勘違いしてしまうんじゃないかなと。
実際、そういう人を多く見たようにも思いました。
染谷:今回は明治時代が舞台ということで、1本目とはまたかなり違いますね。
松本:そうですね。
今回の作品は時代設定的にも、価値観とか根本的に認められている女性の権利とかそういう部分がかなり違うから、相当想像力を働かせて自分の役の言葉と自分の実感を近づけていかなくちゃならない。
その作業工程に手間がかかるし、さらに実際にセリフを喋る時自分の心が本当にその言葉を信じられているか、きちんとケアが必要になってくる。
なおかつ、男性社会と立ち向かう、校長先生に象徴される男性の権力、社会の圧力みたいなものに戦いを挑んでいくというのは図式的にはわかりやすくても、日常生活で人に思っていることをあまり言わない今時の子たちが自分の言葉として発していくには、ものすごく「言うぞ!」っていう気持ちが必要になりますよね。
声を大にして、心の底から言葉を発することができる状態を作るっていう意味ですごく体力の必要な作品だと思います。
染谷:ありがとうございます。次に、今作の見どころについてうかがいます。
松本:見どころ!やっぱり、ガールズパワーだよなあー!女の子たちの、躍動する力!ですよ。そして若き乙女たちの、キラキラとした、美しさですよ、そんなもん!
染谷:力強いご回答ありがとうございます(笑)『見よ、』は女性メインの作品なので男性キャラクターに言及されることが少ないですが、その辺りについて何かありますか?
松本:それぞれ魅力的な、面白い男性として描かれているようには思うんですけど、いかんせん女性が書いた作品なので、多分男性から見ると「俺らこんなんじゃねえよ!」って思う部分は絶対あると思うんですね。「もうちょっとちゃんとしてるよ!」「こんなバカじゃねえよ俺たち!」って。
でも、普段男性が書いている女性キャラクターに「こんな女いねえよ」って思いながらやっていることはよくあるので、たまにはいいんじゃないでしょうか。こういう逆転現象も。
染谷:たしかに男性のキャラクターはちょっとステレオタイプ的なところがありますね。
松本:そうなんですよ。
逆に女の子のセリフは些細なところまですごい。小姑みたいな役が出てくるところとか、さすがに女性が書いているなと思います。本当に細かいところが書かれてる。
面白いと思いますね。
2.女性演出家として生きてきて。「鈍感力」
↑演出部の杉浦。56期、57期の演出部は全員女性です。
染谷:まだ女性演出家が珍しかった頃から演出をされてると思いますが、大変だったことや、今回の劇に個人的に重なることはありますか?
松本:むしろ私は得をしてるんですよね。
私が文学座に入った時、私の上で演出をやっている女性は長岡輝子さん(編集部注:女優としても知られる)で、私は四半世紀ぶりの女性演出家だったんです。
だからたくさん取材していただいたし、他の男性より裏方が苦手だったぶん裏方仕事を任されることが少なくて(苦笑)、自主企画公演をやらせてもらったりして演出家になれるのが早かった。
染谷:なるほど!少し前の演劇界は男性社会というイメージが強かったので意外です。
松本:でも、厳しいダメだしをした時に男性の役者さんに「お前は女だからわからんのじゃ!」って言われたことはありましたね(笑)
染谷:えっ、それはどうしたんですか。
松本:「お前の声なんかもう聴きたくない」って言われたから、「ほぉ~~~」って思ってダメ出しを紙にビッチリ書いて渡して……。毎日、これですって。みたいなこと がありました!(笑)
染谷:つ、強い。理不尽だと思った経験みたいなものはあまりないんですね。
松本:うーん、セクハラとかパワハラって人によって苦手さが違うじゃないですか。人によってはもう「ウヴァッ!」ってなるけど、多分私は鈍感なんですよね。「しょうがねえな、バカな男だな」くらいになっちゃうというか。
演出部にいて、いちいち気にしていられない瞬間も多かったから鈍感力がついたのかもしれない。
染谷:その方がやっていきやすいような……。
松本:そうそう。そうなの。
イチイチ気にすると疲れるから「はいはい」くらいに思うようにしてる。
それでも酷いことされたら、出るとこ出ましょうかって話になるのかもしれないけど、ありがたいことに今のところそこまでしんどい思いはしてないです。
ただ、今のアベレージから考えるとおかしいのかもしれない。だって時代が変わったじゃん。
染谷:変わったなって実感はありますか。
松本:そうですね。私らが若いころって、女性スタッフって珍しかったけど今はもう照明とか音響とかって殆ど女の人!
着替える場所とかも前はなかったけど、今は一応女性スタッフの部屋とか用意してくれるようになったから、すごく変わったな、いいなって思いますね。
3.リアル『見よ、』。のびのび過ごした高校時代のこと。
↑のびのび過ごす中原と小野(ストレッチ中です。)
染谷:今回の作品は女学校が舞台ですが、ご自身の学生時代と重なる部分はありますか?
松本:学生時代、えー、うーん。
染谷:女子校、ではないですよね。
松本:違いますね。
あ、でも高校時代に教育委員会と戦ったことはありますね。
染谷:教育委員会と戦う?!
松本:私が行ってた高校って愛知県下で唯一私服で行っていい高校だったんですよ。
それは学生運動華やかなりし時代に、昔の先輩が制服を着なくていい自由みたいなものを仮決定という形で勝ち取ったからで。
それで、私が高校生の時、校長先生が「これだけ長くOKにしてきたんだから仮にOKというのをやめてオフィシャルにしよう」とおっしゃった。仮処分で私服可を十何年続けてたってのも変な話なんですけどね。
でも、校長先生がそう言った途端教育委員会が待ったをかけてきて。
染谷:それで戦いに……
松本:そう。教育委員会ではもう制服しかダメってことにしようなんて意見も出てたらしくて、それで「冗談じゃない!」って。
その時はみんなで音頭をとって全校集会なんかもやって「教育委員会の言うことなんか絶対聞かないぞ、オー!!」みたいな感じで動きましたね。
香川:リアル「見よ」。
染谷:すごい!驚きです。
松本:ただ、その時に結構音頭をとっていた現社の先生と校長先生は翌年別の高校に飛ばされましたね……。
周りの人々:ひゃー……。
染谷:なんらかの力を感じますね……。
松本:結果制服を着なくていい自由は守られましたけどね。そんな感じかな。
染谷:まさか実体験とここまで重なることがあるとは。その時は率先して盛り上がるタイプでしたか、それとも外側から見ているタイプでしたか?
松本:いやあ、完全に盛り上がる方でしたね。
でも多分、うちの高校バンカラだったのでみんな盛り上がってたんじゃないかな。時
代的にも冷めてる人は少なかった気がする。メールもないし娯楽もそんなにない、基本盛り上がりますね。
染谷:みんなリベラルだったんですね。
松本:そうですね。そこそこ進学校だったからかそういう校風で、みんな勝手だった(笑)
先生が来ないからって授業が休講になって、みんな喫茶店行っちゃったり。
染谷:大学みたいですね!
松本:そうそう。そういう意味ではすごくのびのびと高校生時代を過ごさせていただいたので楽しかったですね。いまだにみんな仲がいいです。
4.他人を怖がる現代っ子たちへ。研修科生へのメッセージ。
↑研修科生にダメだしをする様子。
染谷:アツい学生時代のエピソードをありがとうございます。今回の作品と時代は違いますが、現実に近いことがあったとは驚きです。
松本:今の日本はこの作品の舞台になってる時代に比べたらよっぽど自由だし、人生の選択の幅は信じられないくらい広がったけど、それでも社会を変えたいとか、自分の力によって行動を起こすことで周りに影響を与えたいっていう思いっていうのは、意外と、餓える(かつえる)ことはないと思うんですね。
ただ一方で実際に他者に影響を与えて生きていくってことは少なくなってきている。この作品が青年座さんで初演された頃よりも人と人との関係がずっと希薄になってる気がするんですよ。
染谷:と言いますと。
ネットで毒は吐くけど、何か変革するために実際の行動を起こしたりはしない。どちらかといえば人に影響を与えちゃいけないんじゃないかと遠慮してしまう子がいる……そういう世の中にどんどんなってるなっていうのはつくづく思うんです。
そこに対して演劇っていうのは言葉、あるいは言霊を扱って他者と関わり、何かを為しうる芸術だと思うので、そこらへんを研修科生に挑戦してほしいっていうのはあるかな。
「あなたの言葉の力が、もしかしたら世界を変えるかもしれない。」そんな幻想を持つことは人を愛することだと思うんです。
↑研修科生たち。言葉の持つ力を信じて、コミュニケーションに向き合います。
染谷:デジタルが発達した分、生身の人間同士の関係性は弱くなっているのかもしれません。2002年にも研修科で上演した際の演出をされていますが、その時と今では何か変化はありますか?
松本:演出方針という意味では変わらないですね。
あるとすれば、やっぱり演出される側の研修科生の他人との距離感が変わったということでしょうか。
染谷:他人との距離感。
松本:生徒さんたちを見ていて、昔の方がなんというか距離感が近かったような気がするんですね。
染谷:時代の波が研修科にも、ということでしょうか。私も自覚があります……(汗)最後に研修科生たちへのメッセージをお願いいたします。
松本:えーー、メッセージ!
演劇をやる以上はやっぱり相手の心とお付き合いするというか、自分の心だけじゃなく相手の心を開きに行くくらいの気概がないとダメだろうと思っているんですね。
だから、今まで相手役に対して影響しきっていなかった部分が、この作品と松本に会ったことで少しでも変わって、「人に影響してもいいんだわ」って思えるようになってくれたらなって。
いい意味で、もっと相手のためにセリフが言える存在に、自信を持ってなってくれたらいいなってすごく思っています。
染谷:ひい!頑張らなきゃ!頑張ります!!ありがとうございました。
※本記事はインタビューを元に再構成したものです。
写真:平体まひろ
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