ー過去のもの、色んなものに興味を持ってもらいたいー演出家・小林勝也インタビュー

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今回は 2023 年度第2回研修科発表会『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』の演出を務める小林勝也さんのインタビューをお届けします。

どうぞお楽しみください。

                                                      (演出:小林勝也)


――今回の発表会で『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』を上演しようと思ったきっかけを教えてください。


(戯曲をかいた)清水邦夫さんは、他の戯曲でもいろいろ詩を使うんだけども、そういう清水さんの文体や清水さんの世界観に、僕が惹かれるものがあって。清水さんはね、僕より5年くらい上で僕が大学入った時、先生方には有名だった。「清水邦夫というのが卒業した。あいつは将来偉大な劇作家になる。すごい才能がある。」と言われていた。で、清水さんがその後、演劇界に多大な影響を与えた。凄かった、存在として。その清水さんの代表作である『楽屋』とか小人数で短い芝居もあるんだけど、今回やる『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』は、僕の好みというか、研修科でしかできない作品。ダブルキャストでやることによって裏のチームにもたくさん出て色々やれるということと、あとは、踊りがあったり歌があったり、いろいろ身体表現もあって楽しめる作品。でも、一言で言えば僕が大好きな作品ということでいいんじゃないかな(笑)ま、そんなことで、僕がおもしろい、素晴らしいと思うものを、君らに味わってほしいということです。

               (『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』稽古風景)


――研修科生を演出していて面白いと思う部分はありますか?


僕の年齢と君らとの年齢の差というものは、五十年くらい常にある訳で、段々とその幅が広がっていくから、稽古中に時々言うように、中々僕の体験したもの、見たもの、聞いたもの、っていうのは年々伝えにくくなっています。でも、そういう過去のもの・色んなものに興味を持ってもらいたい。だからどう伝えればいいかということではね、とても勉強になります。だから、世代が離れれば離れるほど面白いんじゃないかな。今僕は面白いですよ。「こんなことも知らないのか!」とか言ってたってしょうがないじゃない。僕だってそうだったんだから。だから、研修科生たちも知らないことなどを積極的に調べることに喜びを感じたほうがいい、と思う。

               (『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』稽古風景)


――勝也さんご自身の研究生時代の印象に残っているエピソードや思い出はありますか?


僕が君らくらいの頃は、やりたいことがいっぱいあったんで、稽古終わるとすぐ帰りました。「ちょっと残って自主稽古しようよ。」って人がいると、嘘ついて帰りました。だってサッカー観たいし、お酒飲みたいし、好きな女性がいたらその人と会いたいし、映画も観なきゃいけないし。僕は三十の半ばまで、高校のOBで結成した社会人チームで日曜日は試合やってました。でも僕らは運動のためにやってるんじゃなくて、試合だから勝ちたくて、無理しちゃうんですね、捻挫したり。そのうち、大けがしたら(芝居を一緒にやっている)みんなに迷惑かかると思って辞めた。あとは、よく飲んだ、稽古終わると。この文学座界隈にね居酒屋いっぱいあったんだよ。まずは、先輩達が連れてってくれた。だから稽古終わって、例えば北村(和夫)さんが「おーい呑みに行こう」って、その時に言いたいこと言いましたよ。何年か経って少し生意気になると、「北村さん、あそこのああいうやり方ないんじゃないんですか」とかって言ったけど。それから北村さんはですね、僕らの知らない昔の話をしてくれた。それが楽しかったです。戦争中に少年だった訳ですね。北村さんは今村昌平と同級生で、さつまいもをこっそり盗もうと思って、暗闇の中でさつまいもだと思って持って行ったら石だったとかね。半分脚色してると思うんだけど。


一同:(笑い)


野菜畑にこっそり入っていたずらして、次の日そこに肥料の糞尿をまいているのを見て愕然としたとかね。ちょっと膨らませて色んな昔の話をしてた。稽古中にこんな面白いことが起きたとかね。僕らもよくふざけてました。村人 1.2.3 とか 5 人くらいいるとね、笑わせ合いですよ。誰かを吹かせる。僕も1 回ね、一言台詞があったんです。みんなで僕を挑発して色々やってて、僕の番になって出たとき一瞬違うこと言っちゃったんだよ。僕は青ざめたんだけど、他の連中はみんなぶっと吹いたんだよ。そしたらそいつらが怒られた。「何やってるのあなた達は」って。なんか、ふざけてたよ。怒られるまで。「これが敵の大将の生首でございます」ってドンって置くのに、(生首の)顔は客席側からは見えない状態だから、その生首に眼鏡かけといた。そしたら、(それを見た共演者が)吹いた。怒られたのは、僕。


一同:(笑い)


飲み会での馬鹿話も含めて、「あ、そうだ、こうしてみよう」「あ、それがいいよ」とか言うんだけどね、次の日それが通用するのはね、5%くらいかな。「ああ、そうだ!いいね、明日やってみよう」って言って盛り上がって、全部ダメなんだよね、やっぱり。でもね、それでいいんだよ。君らが一番、 (コロナ禍で飲み会が開催されにくいから) 気の毒な世代だと思う。ちょっと前までなら、稽古初めの日はね、総決起集会で四谷三丁目の中華屋に行って、(昔は)3000 円くらいの会費でやれたんです。飲み放題とちょっとしたもので。ちゃんと、海老チリソースもどきのものとかね、麻婆豆腐とかも出してもらえた。だから、まあそのときは僕が交渉して、とにかく若かったから、炒飯となんかボリュームのあるものでまとめてください、って言ったらやってくれた。で、手伝ってくれる先輩とかを呼んで三倍くらいお金を出してもらって…


一同:(笑い)


で、それが終わったらも、さらに二次会までやる。二次会、三次会と、残れる人はね。終電までとか、さらには始発が出るまで残る人もいたね。半分ぐらいは寝てたけど。なんか、四谷三丁目にありました、朝方までいられる、畳の居酒屋。だから、ダウンした人は寝てました。で、まあ時々、喧嘩が起きたり、言い合いが起きたり…。まあ節目節目で、みんなでお酒飲めないからジュースでも飲むとか…、そういう時間をつくったらいいんじゃないかな、と思います。


――以上になります。ありがとうございました!


インタビュー:研修科メディア係

写真撮影:室園元

記事編成:野村今日子

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